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札幌高等裁判所 昭和31年(ネ)220号 判決 1958年4月15日

控訴人 株式会社小野鉄工所

右代表者 山崎徳左

右代理人弁護士 竹原五郎三

被控訴人 高林義次

右代理人弁護士 小笠原六郎

主文

原判決中被控訴人勝訴の部分を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決中、控訴人勝訴の部分を除きその余の部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上および法律上の主張並びに証拠の提出援用および書証の認否は、被控訴代理人において、仮りに控訴人と被控訴人の間に本件デイーゼルエンジンの修繕請負契約の締結された事実がないとしても、控訴人は内燃機関等の製造販売、修理等を業として営む株式会社、被控訴人は海上物品運送業者であつて、両者は平常取引関係があつたものであるところ、被控訴人は控訴人から被控訴人の営業の部類に属する本件デイーゼルエンジンの修繕請負契約の申込を受けながら、遅滞なく諾否の通知を発することを怠つたものであつて、商法第五〇九条の規定により申込を承諾したものと看做されるから、右請負契約の解除による原状回復義務の不履行による損害賠償を求める被控訴人の本訴請求は正当である、と述べ、乙第二号証の成立を認め、控訴代理人において、被控訴人の右主張事実を否認する、と述べ、乙第二号証を提出し、当審証人山口五郎久長の証言を援用したほかは、すべて原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

原審における証人鈴木定治、遠藤春美、小川総一郎、吉田定雄、吉田由松の各証言および被控訴人本人尋問の結果、当審における証人山口五郎久長の証言を総合すれば、次の事実が認められる。

被控訴人は稚内市において鉄工所を経営する傍ら海上物品運送業を営む者であるところ、新潟港との間の海上物品運送をすることが多い関係上、かねて新潟市において内燃機関等の製造販売および修繕等を業として営む控訴会社との間に船舶の修繕等につき取引関係があつた。昭和二三年春頃被控訴人は訴外日本石油株式会社から陸用二五馬力堅型ヤンマーデイーゼルエンジンの中古品一基を代金一六万円で買い受けたが、ボーリングに損耗があつて故障し買受当時既に修繕を必要とした。たまたまその頃控訴会社の修理部長をしていた訴外吉田定雄が稚内に来た際、被控訴人は右エンジンを同人に見せたところ、控訴会社の工場へ送付すれば修繕可能とのことであつたので、同年七月頃新潟港向け物品運送の船舶を利用してこれを新潟港まで運搬し、被控訴人の旨を承けた船長鈴木定治、機関長遠藤春美は控訴会社に連絡し埠頭において控訴会社の差し向けたトラツクにこれを積載して控訴会社工場に搬入し、吉田定雄に修繕を依頼した。ところが吉田定雄はこれを控訴会社の受註業務担当者に正式に修繕受註の手続を執らなかつたので控訴会社は被控訴人の申込に対する諾否の意思表示をしないまま吉田は修繕に必要な部品の調達に当つたが入手できないで時日を遷延した。被控訴人は昭和二四年になつてから二月頃と四月頃に控訴会社工場において吉田定雄を通じ催告を繰り返えしたが、控訴会社としては修繕の意思がないことが明かであつたところから同年八月頃同じく同工場において同人を通じて契約解除の意思表示をし物件の返還を求めた。しかるに控訴会社はその間本件デイーゼルエンジンを善良な管理者の注意をもつて保管することすらせず、いつともなくこれを喪失してしまつたため、被控訴人への返還は不能となつたのである。以上の認定を左右すべき証拠はない。

右認定事実によれば、被控訴人は平常取引関係にある控訴会社に対し控訴会社の営業の部類に属する修繕請負契約の申込をしたものであつて、右申込の意思表示は、控訴会社の修理部長吉田定雄に対し修理物件の控訴会社工場搬入に伴うてなされ、控訴会社の内部機構上の受註業務担当者に当然連絡せられ了知せられ得べき状態にあつたのであるから、右吉田定雄に対して表示せられたことによつて即時控訴会社に到達したものというべきである。しかし、控訴会社は被控訴人に対し承諾の意思表示をしたことはないので、両者間に意思表示の合致による契約は成立していない。けれども商法第五〇九条の規定によれば、商人が平常取引をする者からその営業の部類に属する契約の申込を受けたときは遅滞なく諾否の通知を発することを要し、もしこれを発することを怠つたときは申込を承諾したものと看做されるのである。控訴会社は前叙のとおり被控訴人から契約の申込を受けたものといわねばならないのであるから、これに対し遅滞なく諾否の通知を発しなければならないところ、諾否の通知を発しなかつたことについてその責を免れるべき理由を認めることができない。されば控訴会社は商法第五〇九条により被控訴人の申込を承諾したものと看做され、両者の間には本件デイーゼルエンジンにつき修繕請負契約が成立したことになるのである。しかして控訴会社が右契約による修繕をせず被控訴人が吉田定雄を通じて催告を繰り返えし遂に同人を通じて契約解除の意思表示をしたことは前認定のとおりであつて、右催告並びに解除の意思表示は申込の場合と同様に控訴会社に対して到達したものと認めるのが相当である。右契約解除の頃控訴会社に本件デイーゼルエンジン修繕の意思がないことが明であつたのであるから、被控訴人の契約解除の意思表示は、相当期間を定めての催告がなくとも有効であるとせねばならない。果してそうであるならば、控訴会社は右解除により原状回復として本件デイーゼルエンジンを被控訴人に返還すべき債務があるのにその保管につき善良なる管理者の注意を欠き返還不能となつたものであるから、被控訴人に対して右債務不履行による損害賠償義務を負うものである。

そこで進んで右損害額について審案するに、本件デイーゼルエンジンは被控訴人が昭和二三年春頃訴外日本石油株式会社から代金一六万円で買い受けたのであるが、買受当時既にボーリングに損耗があつて故障し修繕を必要としたことは前に認定したとおりである。すなわち右売買における代金額の決定について隠れた瑕疵等通常の事態と異る特段の事情の認めるべきものがなく、また買主たる被控訴人は鉄工所を経営していたこと前記のとおりであつて、かかるエンジンの代価について業務上の知識を有していたものと認められるから、右一六万円の代金額は本件デイーゼルエンジンにつき当時における通常の取引価格と推認することができる。原審における鑑定人更谷真清の鑑定の結果によると、「完全に運転できるものとすれば一六万円は妥当」とあるけれども、また「現品によらなければ適正な評価は不能」であるというのであるから、以上の推認を妨げるに足らない。成立に争のない乙第一号証の一、二も被控訴本人の尋問の結果に照し右認定を覆えすには足らないし他に以上の認定を左右すべき証拠はない。しかして控訴会社が善管義務に違反して本件デイーゼルエンジンの返還不能に陥つた時期についてはこれを明かに認めることができないこと前に述べたとおりであるのみならず、昭和二三年春以降右の時期に至るまでの右物件についての具体的価格の騰落についてはこれを立証すべき証拠がないので、ひつきよう返還不能による損害発生時における損害額は前認定の取引価格一六万円をもつてその額と推認するほかはない。(被控訴人は、本件口頭弁論終結時における本件物件の時価が五〇万円である、と主張するけれども、そのように主張するだけでこれにそう立証をせず、五〇万円の支払請求に対し一六万円の支払を命ずる原判決に対して控訴もしないのである。)

されば、控訴会社は被控訴人に対し一六万円の損害賠償債務を負担するに至つたものといわなければならないところ、控訴会社は右債務につき商事消滅時効を援用するので、この点について判断を進める。

およそ債務の履行不能による填補賠償債務は履行不能の事実により新たに発生するものではなくして本来の債務が内容を変形しただけでなお同一性を保つて存続しているに外ならないから、右賠償債務の消滅時効は本来の債務の履行を請求し得るときから進行を始めるものと解するのが相当である。そして契約解除による原状回復債務については右解除のときからその履行を請求し得べきものであるから、右原状回復債務を本来の債務とするところのその不履行による填補賠償債務にあつては、解除のときを消滅時効進行の起算点とせねばならない。されば本件損害賠償債務の消滅時効の進行の起算点は前認定のとおり本件請負契約解除のときである昭和二四年八月頃である。しかして本件請負契約が商事債務であることは控訴会社および被控訴人がともに冒頭認定のとおりの商人であることから明かであつて、従つてその解除による原状回復債務もまた商事債務と解するを相当とし、右原状回復債務と同一性を失わない本件損害賠償債務もまた商事債務と認めるべきである。されば本件損害賠償債務の消滅時効は昭和二四年八月頃から満五ヶ年を経過した昭和二九年八月頃に完成したものといわねばならない。しかして本件訴が第一審裁判所である旭川地方裁判所に提起せられたのは、昭和三〇年二月十二日であることは本件記録によつて明かであつて、右消滅時効完成の後であることはおのずから明白である。そうであつてみれば、本件損害賠償債務は既に消滅に帰しており、控訴会社主張の抗弁は理由がある。

よつて、被控訴人の本訴請求は棄却を免れず、これを認容した原判決は不当であつて本件控訴は理由がある。よつて、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石谷三郎 裁判官 立岡安正 岡成人)

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